フーガ 51の7月20日(月)海の日・奈良県北葛城郡広陵町・百済(くだら)寺・三重塔・国の重要文化財に関するカスタム事例
2026年07月27日 08時06分
熊本県の震災にあった前愛車を2023年4月にギア損傷で廃車( ̄▽ ̄;) またまた全国で探して愛知県豊橋市で79000キロのtypeS見つけ6月に納車(^_^)/ 取りに行った次の週に大雨で水害発生また危なかった( ̄▽ ̄;) (^_^;) 現在匍匐前進で移植中(^_^;) 最近やっとセンスブランドのフェンダーダクト入れました(⌒0⌒)/~~
おはようございます(≧∇≦)b
7月20日(月)海の日にふと、最近撮ってないなと思い三重塔バックに撮ってきました(⌒0⌒)/~~
場所は奈良県広陵町になります(⌒0⌒)/~~
以前に年賀状の画像にした場所になります(⌒0⌒)/~~
少し涼しくなって来た夕方に撮りました(⌒0⌒)/~~
百済寺(くだらじ)の三重塔は、国の重要文化財に指定されている高野山真言宗の寺院になります(⌒0⌒)/~~
創建は、「日本書紀」に639年、舒明天皇が聖徳太子の建立した熊凝精舎を引き継いで建立したとされる百済大寺(現大安寺の前身寺院)を前身とする説が、江戸時代から唱えられていたそうです。(⌒0⌒)/~~
しかし、近隣から飛鳥時代の瓦や遺構が見つからない事や(・・;)
奈良県桜井市の吉備池廃寺跡が百済大寺跡として有力視された事で、現在では百済寺を百済大寺跡と比定する説は、ほぼ否定されているそうです。( ̄▽ ̄;)
また、弘法大師が平安時代に百済大寺の故地を偲んで再興したという伝承もあるそうですが(・・;)
百済寺の正確な成立年代や経緯などは、これも現在のところ不明だそうです。(・・;)
室町時代には多武峰妙楽寺(現談山神社⛩️)の末寺となり、慶長年間には6坊を数えたそうですが、江戸末期の天保年間には2坊を残すのみとなったそうです。(・・;)
明治になるとついに無住となって廃寺となってしまいましたが( ̄▽ ̄;)
その後真言宗寺院として復興され、現在境内の管理は隣接する春日若宮神社、寺務は當麻寺西南院で行われているそうです。(^_^)
三重塔の大きさは、全高23.27m、相輪高8.39mで、建設年は不明ですがが、様式から鎌倉時代中期と推定と、思われるそうです(⌒0⌒)/~~
今回は7月20日(月)海の日の夕方に奈良県北葛城郡広陵町の百済寺の三重塔バックに撮りました(⌒0⌒)/~~

